「はなっ、、、せ。はなせえぇぇぇっ!」
足をひこうとしたが、びくともしない。
 じわりと水の冷たい感覚が、足首、ふくらはぎ、膝と順番にはい上ってくる。このままでは、川に引きずり込まれてしまう。
 なんとかしようと砂利に両手の爪を立てるが、10本の筋を虚しく残すだけだった。
 絶望にとらわれたそのとき、右手に何かがふれた。それは、手のひらより少し大きめの石だった。僕はそれをつかむと勢いよく上体を起こし、腕を大きく振り上げた。
 ゴスッ!! 足首をつかむ手を力一杯殴りつける。手応えはあった!
 ゴスッ ゴスッ ゴスッ ゴスッ ゴスッ ゴスッ ゴスッ ゴスッ 
 青白い手に鮮やかな赤い血が飛び散る。その血が自分の足にも飛ぶが、かまわず何度も何度も殴り続けた。息が上がり、腕にしびれがくる。
 やがて、赤く染まった手が、力なく川の中に戻っていった。
 僕はあわてて立ち上がり、駆け出そうとする。が、うまくいかない。半ば這うようにして砂利を蹴り川岸にあがると、あとはもう家へ逃げ帰ることしか頭になかった。
 濡れた足が冷たく、あの手を思い起こさせる。それを振り払うように必死で走った。

 まともに考えられるようになったときには、膝を抱えていた。家に帰り着いた記憶こそないが、そこは確かに自分の部屋だった。見慣れた室内が、心に平穏を取り戻させる。
 「もう大丈夫。ここまでは追ってこない」そう自分に言い聞かせて大きく息を吐く。
 そこでやっと大輔を見捨ててきたことに思い至った。
 大輔はどうしただろう?あの手に捕まって、、、。助けを求めてあがいていた姿が頭をよぎると、体がこわばり胸の拍動が早くなった。
 大輔を見捨てた。いや、もしかしたら見捨てた、ではなく見殺しにした、かもしれない。
 先程までのものとは違った恐怖が、僕を襲った。大輔をおいて逃げた罪の意識。
 コツ コツ。反射的に全身の筋肉が収縮する。
「入るわよ」
母が部屋の扉をノックしたのだとわかり、力が抜ける。
 そっと扉が開き、母が顔をのぞかせて
「大輔くんが、まだ帰って来ないらしいの。お前一緒に帰ってきたのではないの?」
そう尋ねてきた。
 遊び仲間と別れたあと、僕は大輔と2人で家路についた。それはいつものことだ。当然、母も知っている。
 「大輔とは、川のあたりで別れたよ。何かやることがあるって言うから。そこからは1人で帰ってきた」
信じられないほど、スラスラと嘘が口をついて出た。大輔をおいて逃げたことがわかれば、皆、僕を責めるに違いない。その思いが嘘を作り上げたのだろう。
「そう。父さんと母さんは、これから大輔くんを捜しにいくから、留守を頼むわね」
 玄関を出て行く音を遠くに聞きながら、もう一度強く膝を抱え直した。
 ーー大輔は帰っていない。やはり、あの手に連れて行かれたのだ。
 あの手、、、。!! はじかれたように足に目をやった。僕の足には血が飛んでいるはずだ。「あれ」の血が。
 石を叩き付けたときの感覚がよみがえる。最後には白かった手が、真っ赤に変わっていた。
 しかし、足には血なんてついていない。あれは幻覚だったのかとも思われた。だが足首のまわりには、現実だという証がぐるりと痣になってついていた。

 大輔の体が川に浮いているのが見つかったのは、それから3日後のことだった。
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