「、、、で?それで終わりってわけじゃないだろう?」
俺は尋ねた。
「でなけりゃ、そいつが溺れさせられたってのがわからないもんなぁ」
ロッカーから制服を取り出し、腕を通しながら振り向いた。
 「ああ、その後がまだある」
すでに制服を身に着けている林は、窓際の椅子に腰掛けたまま答えた。
 窓から差し込む夕陽のせいで林の表情はわからない。
 林は、奴にしてはめずらしく部活に遅れてやってきた。いつものろのろと顔を出す、遅刻常習犯の自分とは正反対で、常に時間より早く来ているような奴が、だ。逆に俺は、実にめずらしく時間通りに部活に出ていた。いつもと立場が入れ替わっている。
 具合でも悪かったのか、少々顔色が悪い。声も沈んでいる。(そういえば、昨日は学校を休んでいたようだ)それなのに、後片付けをする俺につきあって、こうして残ってくれている。
 先に着替え終わった彼は、おかしな話を聞いたのだ、と言って俺に話し始めたわけだ。
 当初、林から聞いたときは「可笑しな話」。つまり、笑える話かと思ったのだが、ここまで聞いてみると、どうもその意味ではなかったらしい。
 「彼は追いかけられるようになったそうだよ」
林が組んだ両手を見つめながら続けた。
「追いかけられる?誰にだよ?」
「『手』だよ。青白い手が、彼に付きまとうようになった。水のそばに寄ると、あの手が傍にいる気配がする。それで、彼は水を避けるようにしたそうだ。それこそ川といわず、海もプールも、大きな水たまりでさえもね。風呂はさすがに入らないわけにいかないから、身のまわりに気を配って、一瞬でも油断しないようにしていたらしい」
「それが、その日に限ってうっかりしていて川に引きずり込まれた、ってわけか?」
「そうみたいだね。なんとか川から這い上がって休んでいるところに、僕が通りがかった」
林は相変わらず、両手をじっと見ながら、淡々と話す。
「じゃあ、そいつはこれからも、その手に注意しながら生活しなきゃならないのか?」
 そんな馬鹿な話があるわけがない。
 制服に着替え終えて、ロッカーの扉についた鏡を覗き込む。髪がぐしゃぐしゃだ。そのままの体勢で髪を整え始めると、
 「いや、彼はもう手から逃げる必要はないんだ」
林の声。消え入りそうな、、、。
 「なんでだ?」
髪をかきあげながら尋く。鏡の中の自分がこちらを見つめている。
 「『今度は僕が追いかける番だ』、、、彼はそう言った」
「なんだよそれ、わけわかんねぇ」
笑いながら俺は振り向いた。
 「、、、林?」
先程まで椅子に座っていた林の姿が、見えなくなっていた。部室を出たのだろうか。
 ロッカーを閉め外へ出てみたが、やはり林の姿はどこにもなかった。
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