ベッドに横たわり、エールは天井を眺めていた。
(明日、ケイに謝らなければ・・・)そんなことを、ぼんやりと考えながら・・・。
結局、彼女は公園を駆け出した後、店にも戻らなかった。
自分でもその間のことは、ほとんど覚えていない。
走れなくなるまでひたすらに走り、その後はぼんやりと歩いていたのだろう。気が付けば、街外れの小さな店の前にいた。
すでに日は傾き、あたたかなオレンジの光が黒く長い影を道に描き出している。
足は自分のものとも思えぬほどに重く、足先や足首が鈍く痛んだ。
無意識に体をかがめて、そっと足をさする。
ーーと、片手をついた店のウィンドウに飾られた、小さな箱に目をひかれた。
特別豪華な装飾がなされているわけでもない、むしろ質素な木製の箱。
彼女は誘われるように店の入口に向かっていた。足取りがおぼつかないのは、疲労と痛みのせいだけとは思われなかった。
薄暗い店に入ると、店主はカウンターの向こう側からちらりと視線をよこしたが、すぐに手元の新聞に目を戻した。
エールはまっすぐに、先ほどの箱のところへ向かった。
じかにそれを手に取ってみる。大きさは両手の上に乗る程度。蓋と側面には、美しいバラのレリーフが施されている。着色こそされていないが、木目を活かしたきれいなデザインだ。
彼女はどうしてもそれを手離したくなくなり、購入して帰宅したのだ。
その箱は今、ベッドサイドの机に置かれている。
彼女は身を起こすと、箱を手に取った。
ゆっくりとバラのレリーフを指でなぞりながら、頭の中でジェイの言葉を思い返す。
ナージェ家の令嬢が相手では、どんなに自分がジェイを思っていようとも、絶対に敵わない。「仕方がない」「あきらめるしかない」そう自身に言い聞かせる。だが、いつも優しく見つめてくれたジェイの翠の瞳に、これからは別の女性が映るのだ。それを想像すると、つらくて気が狂いそうだった。
彼女は無意識に唇を強く噛みしめていた。指に力が入る。
やがてバラの花弁が赤く彩られた。爪が割れたらしい。
その赤い色を見ているうちに、彼女の全身から力が抜け、何かを思いついたようにエールの目に鈍い光が宿った。
口元には小さな笑みが浮かぶ。
薄暗い部屋に虚ろな笑い声が響いた。
彼女は今まさに、ゆっくりと闇色の海へと足を踏み入れたのだ。 |