その日ケイは、ずっと不審な気持ちでいっぱいであった。
ついつい目がエールの動きを追ってしまう。
昨日エールとジェイの間に何かがあったのだろうと察してはいた。真面目なエールが、店に戻らなかったのだから。しかし今日の彼女は、店に戻らなかったことを詫びただけで、あとはいたって普通に見える。はじめこそ、心配をかけまいと無理をしているのだろうと思っていた。だが、「どこか」あるいは「何か」が違うような気がしてならなかったのだ。
「あんた大丈夫かい?」
口にしてから、おかしな訊き方をしたとケイは思った。何しろ、エールの行動に何一つ問題はないのだから。
だがエールのほうはすぐに察したらしく
「ジェイとのことなら心配いりません。今日、仕事の後に会って話をしたいって連絡してありますから。きちんとけじめをつけるつもりです」
と笑顔を向けた。
「そうかい・・・」
虚ろなその笑顔に不安が広がった。
だが、それも自分を安心させるための気遣いからであろう。ケイは、そう自分を納得させて仕事に戻った。
エールの奥底にある「闇」に気付かぬまま・・・。
すでに日は沈んでいた。空はどんよりとして、いつ雨が落ちてきてもおかしくない。
暗さを増した公園には、誰一人いないのではないかと思われた。
だがジェイは、外灯のやわらかな明かりを頼りに約束の場所へと急いだ。
そこにはエールがいるはずである。
やがて視線の先に人影を見つけた。
さらに足を速めてその人影に近付いた。
「エール・・・」
声をかけたが、相手はちらりと視線をよこしただけで、背を向けたままだった。
しかし、その後姿は間違いなくエールのものである。
かまわず、ジェイは話しかけた。
「もう会ってもらえないかと思ってた。だから連絡をもらえて、嬉しかったよ」
さらに一歩、エールに近付いて続ける。
「決めたんだ・・・その、縁談の話をどうするか・・・」
そこで彼は、一呼吸置いた。
湿り気を帯びた風が通り過ぎる。辺りがよりいっそう暗くなったように思われた。
「昨日一晩かけて両親と話し合ったんだ。それで・・・・・」
「私も、よく考えたのよ」
エールは振り向きながら、ジェイの言葉をさえぎった。
木の影がかかって、表情はほとんどわからない。ただ、ほんのりと赤い唇が動いているのが見て取れるだけだ。
手を後ろに組んだまま、エールは言葉を続けた。
「私の替わりに、別の誰かがあなたの前に立つのを想像するだけで、つらくてたまらなかった」
「エール。それじゃあ・・・」
ジェイはそこまで言って気が付いた。
エールは後ろに組んでいた手を、今は体の脇にたらしていた。その右手に何かを握り締めていることに。
エールが一歩踏み出し、木の陰から出てきた。
二人の距離は、手を伸ばせば充分に届くほど。
彼女は笑っていた。
その笑顔のまま、右手を振り上げる。そうすることが当たり前であるかのごとく。
「愛しているわ、ジェイ。誰よりも・・・」
陶然とした口調でそう告げると、上げた右手を勢いよく振り下ろす。
「・・・エール!!」
ジェイの瞳は鈍い光が落ちてくる様を、まるでスローモーションのように捉えていた。
夜の闇に沈んだ部屋に、街灯のささやかな光が差し込み、窓辺をぼんやりと照らしている。その光を右半身に受けながら、エールは立っていた。
両の手のひらにのせているのは、あの木製の箱だ。
箱を相手にダンスをするように、エールはその場でクルリとターンした。
彼女は嬉しそうにそっと蓋を開くと、笑みを浮かべて箱の中に視線を落とした。
「なんて綺麗な翠色。この世のどんな宝石よりも美しいわ。ずっと私のもの・・・私だけのものよ」
彼女は歌うように呟くと、はじけるような笑い声を上げた。
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