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「ステキな話。でも、ちっとも可哀相なんかじゃないわ。むしろ幸せな話よ」
 シルフィーは口をとがらせた。
 彼女がどんな悲劇を期待していたのかはわからないが、お気に召さなかったらしい。
「いったいどこが可哀相なの?」
「ジェイは両親を説き伏せて、エールを選んだんだよ。だが結局、エールはその事実を知らないままだ。・・・可哀相じゃないか?」
 老人は逆に質問を返した。
「そうかしら?エールは彼が自分だけを見てくれるようにしたんだもの、幸せなはずよ。もう彼が他の女性を見つめる心配をしなくていいんだわ」
 シルフィーは腕のぬいぐるみに、半ば顔を埋めるようにしてきっぱりと言った。
「・・・なるほど。そうか。確かにそうなのかもしれないな」
 老人は少し考えこんだものの、すぐにシルフィーの言葉を肯定した。
「さて、そろそろ食事の用意をしなくてはな・・・」
 老人は窓に目を向ける。
 話をしているうちに、ずいぶん時間が経っていたらしい。すっかり夕暮れ時である。
「食事ができたら呼びにくるからね。それまでラルフと一緒に待っていておくれ」
 言いながら老人は、シルフィーの腕に抱かれたぬいぐるみを撫でてやった。
 ラルフというのは、シルフィーがこのウサギのぬいぐるみにつけた名だ。
 老人はゆっくりとした動きで扉に向かうと、そっと押し開けた。半ば部屋を出た状態で、再度シルフィーの姿を目で確かめると、安心した様子で部屋を後にした。
 シルフィーはラルフを愛しげにじっと見つめながら、老人が戻るのを静かに待っていた。

 しばらくして、再び老人が部屋へと入ってきた。
 暗くなった室内に気付き、明かりをつけると
「待たせて悪かったね。用意ができたから、向こうの部屋へ行こうか。さあ・・・」
 老人がシルフィーに手を差し伸べる。
 シルフィーは抱いていたラルフを隣に座らせると、老人の手を取ってゆっくりと時間をかけて立ち上がった。ほんの少しバランスを崩したが、老人がしっかりと彼女を支えた。
 シルフィーは右足を引きずるようにしながら、のろのろと扉へ向かう。
 老人も彼女の手を握り、同じ速さで扉へと進んだ。
 途中シルフィーは老人と繋いだのとは反対の手に握っていたものを、さっとポケットにしまいこんだ。
 老人は一瞬「何だろう」と思ったが、すぐに理解した。
 先程シルフィーが長椅子に置いたラルフのことを思い出したからだ。
 老人がにこりと笑ってシルフィーに目を向けると、彼女もまたにこにこした笑顔を向けている。
「シルフィーは本当にラルフが大好きなんだなあ。これでラルフもずうっとシルフィーのことを見ていてくれる。そうだろう?」
「ええ、そうよ。ラルフは私のことだけを見ていてくれるの」
 2人は、お互いにもう一度笑い合った。
「ねえ、私もステキな箱が欲しいわ。エールのように、この綺麗な2つの宝石を入れるための宝石箱にするの」
 シルフィーが顔を輝かせてせがんだ。
「わかったわかった。作ってやろうなあ。エールの宝石は翠色だったが・・・シルフィーのは・・・。はて、何色だったか・・・?」
 老人は天井を仰ぐと、なにやら呟きながら首を傾げている。自分の記憶を懸命に探っているらしい。
「赤よ。とっても綺麗な深紅」
 シルフィーが、忘れちゃだめじゃないと言わんばかりに教える。
「おお、すまん。赤か、それは綺麗だ。さしずめルビーといったところか」
 にこやかに言いながら、老人は扉を開けた。
「ルビーよりも、ずっと綺麗に決まってるわ!」
 誇らしげに言うシルフィーに、老人はにこにこと
「ああ、そうだね。きっとそうだ」
そう言いながら、シルフィーの手を引いて部屋を出た。明かりが消され、カタンと小さな音を立てて扉が閉まる。
 部屋にはぬいぐるみのラルフだけが残された。
 暗い部屋で、窓から差し込むほのかな光が、ラルフの白い毛並みを照らしていた。まるでラルフ自身が柔らかな光を放っているかのようだった。
 その白い毛並みに、よく似合っていた赤色が、今は失われてしまっている。
 代わりに深い深い暗闇が、静かにぽっかりと口をあけているばかりだった。

  ーー おわり ーー

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