何しろ私は酒が苦手なのだ。飲めない訳ではない。が、好きにはなれない。左に酒と肴、右に茶と菓子があったら、迷わず右を選ぶ。
 だから、酔って羽目を外すといったことは、まずあり得ない。当然、桜たちの好むような醜態をさらすこともないだろう。
 「たしかにお前は面白くない」
 すかさず友人が返してきた言葉はしかし、非常につれないものであった。
 もう少し気を遣った言い回しが出来ないのだろうか。
  私が口をへの字にしていると、友人はさらにぼそぼそと言葉を続けた。
 「…面白くはない、が…気に入っている…」
 「…そう…か」
意外な台詞に驚きつつ、それは桜がなのか、それとも…と問いかけようとした途端、白い光が目に飛び込んできた。
 出口だ。桜の森の終わりである。
 やわらかな風がふうと後ろ髪をなでていく。
  そこで私は振り返った。
 友人の姿はない。
 わかっている。
  風に乗ったのだ。
 「さあ、帰るがいい。気が向いたら、また来い」
 枝の上、桜の花影から声が降ってくる。
 彼女の白い髪が、かすかに風に揺れている。
 その髪が、クモの糸のように細く美しいことを、私はよく知っている。
 一幅の絵のような彼女の姿に目を細めながら応える。
 「また来るよ」
 樹上の友人に一つ微笑むと、私は光の中に足を踏み入れ、森を後にした。

 

 眼前に広がるのは、いつも通りの街並み。
 そっと後ろを確認すれば、やはりいつも通り桜の森は姿を消していた。
 やわらかな風だけが別れの挨拶のように吹き抜けて、桜の花弁をそっと届けてくれた。
 その花弁を優しく握り、私は街に向かって歩き出す。

 いつの間にか、空は茜色に染まっていた。

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